辻斬り書評  -42ページ目

「プリズンホテル 1 夏」 浅田次郎

著者: 浅田 次郎
タイトル: プリズンホテル〈1〉夏

著者初期の作品。偏屈な小説家・木戸の前に、ひょっこりとヤクザの大親分でもある仲オジが現われた。聞けば、リゾートホテルの経営を始めたと言う。嫌々ながらも訪れたそのホテルは、小説家の予想をもはるかに上回る奇妙な宿であった。ヤクザのヤクザによるヤクザのためのホテル、誰が呼んだか「プリズンホテル」に引き寄せられるように、それぞれワケアリの客が集う。さあ、浅田流人間劇場の開幕だ。
心暖まる人間模様に卓抜したユーモアを織り交ぜた快作ではあるが、磊落さに若干の不満あり。なんと言うか、少し硬い感じがする。肩の力が抜けきっていないように感じるのは、作品のカラーにしては地の文に遊びが少ないからか。まぁ、「きんぴか」と同じノリを求めてはいけないということだろう。泣きあり笑いありヤクザありと、なるほど作者のその後の飛翔を納得させるに足る小説。


おすすめ度★★★


「作家の花道」 室井佑月

著者: 室井 佑月
タイトル: 作家の花道

結論から先に言えば、「あかん、やっぱり女流エッセイは肌に合わんわ」。
どうにもこういうわけなので、まともな書評など望むべくもない。以下、ご容赦のほどを。
浅田次郎の「勇気凛凛ルリの色」シリーズとほぼテーマを同じくしたこのエッセイ集、あちら同様、「無名作家・汗と涙の爆笑奮闘記」と銘打ってもいい内容ではあるが、なんとも雑然としている。それが室井佑月の持味と言われればそれまでだし、女性にとっては「きぃぃぃ」とか「ううっ」などの奇声をあげながらも、気丈に頑張る同性の姿に共感もし、勇気を得たりもするのだろう。至る所に織り込まれた赤裸々な告白なども、好ましく感じるに違いない。ふむ、結構なことだ。
ただ、生涯意地を張って生きていかねばならない、つまらぬ男の身の哀しさで、こうも生活感を全面に出して書き連ねられると、些か辟易してしまうのも正直なところ。ユーモアや作者のスタンスに文句をつける気はさらさらないのだけれどねぇ…。とりあえず、面白くないとは言いません。これくらいでご勘弁。


おすすめ度★



「ハードボイルド・エッグ」 萩原浩

ハードボイルド界の大御所レイモンド・チャンドラーが生み出した孤高のヒーロー、フィリップ・マーロウに憧れて探偵業を始めた主人公が、涙あり笑いありのドダバタ劇を演じるハードボイルド風コメディ。ハードボイルドファンにはたまらない演出が光る。そうでない方にも面白い本だと思う。
コメディタッチがゆえに、謎解きやサスペンス性に物足りなさを感じないでもないが、最後のシーンが出色の出来であるため、よしとしておこう。男の諧謔(かいぎゃく)とダンディズムを学びたい女性は、本書を読むべし。それがいかに滑稽で愛すべき代物であるかがわかる筈だ。


おすすめ度★★★

「ラストシーンの出来ばえ」 片岡義男

著者: 片岡 義男
タイトル: ラストシーンの出来ばえ

片岡義男、と言っても、今の人はピンとこないかもしれない。彼の書く物語はどれも都会的である。洗練され、湿り気がない。かと言って乾いているわけではなくて、例えるならばスポンジベースのケーキのように、噛み締めるとうるおいが広がる。三人称を主に用いて成功したのは片岡だけだ、とは評論家安原顕の弁だが、よそよそしさの一歩手前の距離感は、なるほど片岡独自である。ほのかな80年代的な香りも心地よい。ロマンティックとはこういう事だ。片岡を片手に静かなバーで、静かな夜を楽しみたい。バックにピアノを聞きながら。そんな気にさせる一冊だ。

おすすめ度★★★

「探偵になりたい」 パーネル・ホール

著者: パーネル ホール, Parnell Hall , 田村 義進
タイトル: 探偵になりたい



弁護士の下請けで糊口をしのぐ、うだつのあがらない素人探偵スタンリー・ヘイスティングズが、おっかなびっくり事件を解決していくシリーズ第一作。
謎解きの妙や緊迫した展開と言うよりも、タフでもなんでもない普通の男が、愚痴や自嘲をこぼしながら綱渡りで奮闘する姿を描く。しかも今回の事件には報酬すらない!主人公はぶつくさ言いながらも、なんとなく事件を解決へと導いていく。素人探偵にしては致命的なヘマもなく、わりとスムーズに事が進んでいくのには少々物足りなさを感じるが、そういう話だと思って読むぶんには十分面白い。


オススメ度★★★



「ネメシス‐STX‐」 J.M.ディラード

超人気(ここ大事ね)SFドラマ『スタートレック』の第10作目の同タイトル映画のノベライズ版。好きな人にはたまらない、知らない人にはまったくわからない内容です(笑)

よって評価なし。トレッキーにはうれしい製作秘話などを収録。



「バイク・ガールと野郎ども」 ダニエル・チャヴァリア

著者: ダニエル チャヴァリア, Daniel Chavarr´ia, 真崎 義博
タイトル: バイク・ガールと野郎ども

小説の醍醐味のひとつが、知らない世界の扉を叩くことだとしたら、このウルグアイ人作家が描くちょっとエッチでグッとポップなキューバ物語は格好の材料だ。アメリカ探偵作家クラブ最優秀ペイパーバック賞受賞と聞けば、この半分おちゃらけたような小説が正当な評価を得ていることがわかる。シンプルで気楽なストーリーに、読者はキューバの明るい日差しを感じて胸が弾むことうけあいである。人生は前を向くようにできている。元気をなくしかけた人は、手に取ってみてほしい。


オススメ度★★

「アメリカの論理」 吉崎達彦

著者: 吉崎 達彦
タイトル: アメリカの論理

歴史的な視点というよりはジャーナリスティックな手法で、ブッシュ政権の性格決定過程を追いながら、イラク攻撃の論理を解説している。ネオ・コン勢力の抱くルサンチマンや、パウエル外交へのジレンマが、現ホワイトハウスに影を落としており、単独行動主義(ユニラテラリズム)はアメリカの常態であることも確認させてくれる。


オススメ度★★



「断層海流」 梁石日

著者: 梁 石日
タイトル: 断層海流

岸谷五朗主演「月はどっちに出ている」や「夜を賭けて」、「血と骨」などで知られる著者の視線は、異質者の座に固定されており、この社会が彼らをじわりと包囲し、否応無く闘いを強いるさまを浮き彫りにしている。腹の奥底に未消化のまま横たわる塊を糧に、情熱を込めて綴られた文章は、力強さとやるせなさとを同時に感じさせる。書くべきものが決然としている作家に見られる情念のほとばしりが、物語に推力を与えている。エピソードのループが巡りきらない点が気になるが、印象的な結末が余韻を残す。


オススメ度★★



「深い河」 遠藤周作

文学への感度には世代的な断層がある。作者の時代と我々の今との間には、倫理や通俗に大きな違いが生じており、違和感をぬぐいきれなかった。登場人物のひとり「美津子」の負う茫漠とした自意識は、それを端的に示している。佳境であるインド編に入ってようやく、そのカオスの渦に身を委ねて読み進めることができたが、残念ながら同調できるくだりはここだけである。ただ、愚直なまでに信仰を追い求める「大津」の姿は、その傍流的な描かれ方にもかかわらず、心に軌跡を残す。「美津子」の存在理由は、この「大津」との関係性のみに有る。

 

オススメ度★


著者: 遠藤 周作
タイトル: 深い河