辻斬り書評  -40ページ目

「朗読者」 ベルンハルト・シュリンク

著者: ベルンハルト シュリンク, Bernhard Schlink, 松永 美穂
タイトル: 朗読者

なんと美しい物語だろう。そしてなんと悲しみに満ちた物語だろう。僕はこの本を読んで、ひどく自分を恥じた。愛が罪に変わるとき、人はいったいどのように振る舞えばいいのか。あるいはその変節もまた、罪ではないのか―。親子ほど年の違う女性に恋をした少年は、人生をかけて彼女の真実を追い求めることになる。やがて明らかにされるその答えは、ふたりにとってあまりに過酷なものだった……。真摯さとナイーブに彩られた本作は、すでにして古典文学に通ずるゆるぎない存在感を有し、現代文学に大きな金字塔を打ち建てたと言えよう。静かに胸をうつ悲劇。僕たちはこういった物語の誕生に立ち合う、おそらく最後の十年に居合わせた世代なのだろう。


おすすめ度★★★★★

「浪花少年探偵団」 東野圭吾

著者: 東野 圭吾
タイトル: 浪花少年探偵団

「臭い」のある小説、とはこんなものかもしれない。ただし「なにわ」、しかも「南部」が主たる舞台だけあって、なんとも泥臭い仕上がりになった。パワフルでダイナミック、まさに大阪人気質の権化のような『しのぶセンセ』が、受け持ちクラスの悪ガキたちと一緒に、体当たりで事件に首を突っ込んでいくミステリーコメディ。この先生、走りだしたら止まらない。刑事・犯人なんのその。どたどた駆け回っては事件の謎を強引に粉砕してしまう。まともに読んだら肩すかし、気楽に読んだら意外とまじめ、絶妙のテンポが読者を飽きさせない。たまにはそんな本もいいじゃないか。あなたも本書を読んで童心に返り、しのぶセンセにポーンと頭を張られてみませんか。


おすすめ度★★

「月の光〔ルナティック〕」 花村萬月

著者: 花村 萬月
タイトル: 月の光(ルナティック)

欝屈した毎日を過ごす、残りカス作家・沢渡丈のもとに届いた一通の手紙。それは彼をカルト教団に立ち向かわせる、運命の招待状だった―。売れない作家、ヤクザ、娼婦、家族、バイク、すすりなく女、宗教、そして暴力と、萬月のエッセンスを無理矢理ぜんぶ詰め込んだ感のあるロードノベル。萬月入門編としては悪くはないが、マンネリ化を強く感じさせる退屈な作品ともなった。作中、ヒロイン・律子の変貌ぶりにはいくらか驚かされるものの、終盤に向けて明らかに物語は失速する。もはやこのパターンの小説は通用しないだろう。旧来の萬月とは、このあたりで別れを告げたいところだ。せめて、主人公の対抗軸である教祖・奥村巡海をもう少し魅力的に造形してほしかった。前半の無駄を削ぎ落としてもっと短いストーリーにしていれば、印象はまた違っていたかもしれない。エピローグでの締め括り方を見れば、ほかならぬ萬月自身が誰よりもこの作品に苛立ちを感じているのがわかる。


おすすめ度★★

「赤い雨」 戸梶圭太

著者: 戸梶 圭太
タイトル: 赤い雨

はじめ、その変化に気付いたものはわずかだった。なんの前触れもなく不気味な赤い雨が降ったあと、人々の間でじわじわと、しかし確実に良識のタガがと外れ始める。至るところで社会悪の誅殺が開始され、やがて二度目の雨が地表に降り注いだとき、その狂気の水脈は轟々たる濁流と化して、日本全土を狂乱とヒステリーの汀へと押しやっていった―。暴力が秩序を担う、来たるべき新しい時代に向け、恐ろしい変容がいま始まろうとしていた…。人間の理性を薄皮一枚剥いだ先に存在する魂の軋みを焙り出した、傑作パニックホラー。小説の醍醐味の一端を示す力作。ラストで主人公に訪れる変化のきっかけが、それまでの緊迫ゆえに若干説得力に欠ける感があり、またモチーフとしても決して真新しいわけでもないが、スリリングな展開に身を任せて一気に読み上げることのできる作品。あなたは殺す側ですか、それとも殺される側ですか?


おすすめ度★★★★

「心の砕ける音」 トマス.H.クック

著者: トマス・H. クック, Thomas H. Cook, 村松 潔
タイトル: 心の砕ける音

最愛の弟はなぜ死ななければならなかったのか。喪失感に凍てついた体を抱え、キャルは弟を死に追いやった神秘的な女・ドーラの行方を探す旅に出る。それは彼らがひとしく胸に宿した孤独の足跡を追う旅でもあった。
寒風に巻き上げられる枯葉のように、登場人物たちの運命はむなしく翻弄される。現在と回想のはざまで暖かく語られていく、兄弟間の深い愛情や両親の思い。そしてドーラのまとう翳りの正体とは。
彼らにとって愛とは、すれ違いを繰り返す二つの振り子のようなものだった。それらはやがて取り返しのつかない距離にまで振り切られ、ついに一方は頂点から永遠に弾き飛ばされてしまう。キャルとビリー、ビリーとドーラ、そして―。
巨匠クックの描く、ミステリを超えたこの悲哀の物語は、読む者の心をとらえて離さない。息苦しくなるような慕情が、宝石のような比喩とセピア色の文章のそこここに散りばめられている。特に最終章では胸が締め付けられる。「心の砕ける音」、まさにその通りの邦題である。


おすすめ度★★★★

「緋色の記憶」 トマス.H.クック

著者: トマス・H. クック, Thomas H. Cook, 鴻巣 友季子
タイトル: 緋色の記憶

私には誰も知らない秘密があった―。老齢期を迎え、かつて少年のころに関わった愛ゆえの悲劇、チャタム校事件をゆっくりと思い起こす主人公。そこで語られる衝撃の真実とは。
思春期の淡雪のごとき思慕と、狂おしいまでの情念が交差するとき、悲劇の幕は上がる。ただひたすらに愛と自由を求めた人々を待っていたのは、無惨な結末だった。
時の魔術師クック一流の叙情に彩られた、アメリカMWA最優秀長編賞受賞作。作中に配された数々の暗示をうとましく思わなければ、最後まで物語の引力に囚われながら読むことができる。ミステリと文学の間に位置する作品と言えるだろう。最終章での、ネガを反転させたような展開は見事。


おすすめ度★★★

「ヴードゥー・キャデラック」 フレッド・ウィラード

著者: フレッド・ウィラード, 黒原 敏行
タイトル: ヴードゥー・キャデラック

CIAをリストラされたやつ、トチ狂ったやつ、救いようもなくマヌケなやつ。虚勢が身についた日陰者に、惚れぼれするくらい悪どいやつ。よだれが出るほどいい女たちは揃って頭が切れる。そしてとどめに「糞ケツ野郎」ときたもんだ。
こんな連中が敵味方入り乱れながら600万ドルを騙し取ることに血道をあげる小説が、おもしろくないわけがない。奸計、裏切り、罠、打算。野心と野心が交錯し、そこらじゅうで火花を散らす。抱腹絶倒のイカレギャグてんこ盛りのクールでファンキーなストーリーで、最後に笑うのはいったい誰だ
散弾のような章立てが物語にエキセントリックなスピード感を持ち込み、テンポよく読めるつくりになっている。とことんノリだけのピカレスクだが、しみったれた自意識過剰小説どもを蹴散らすだけのパワーとエンターテイメント性にあふれた作品だ。


おすすめ度★★★★


読んでみるかい、「オタク眼鏡のカエル小僧」?

「ムーチョ・モージョ」 ジョー.R.ランズデール

著者: ジョー・R. ランズデール, Joe R. Lansdale, 鎌田 三平
タイトル: ムーチョ・モージョ

死んだ叔父貴が殺人の濡れ衣を着せられた。状況証拠が指し示す道筋はクソがつくほどの不利を物語るが、叔父貴の生涯を不名誉にまみれさせたまま放っておくわけにはいけない。
怒れるゲイ・レナードと、世を嘆くデタラメ男・ハップの白黒コンビが、いささか手荒に事件の真相を殴りつける。死んでいった者たちへの鎮魂歌よろしく、メチャクチャに暴れ回る不良中年たちの活躍に刮目せよ!
市井の哲学者然としたレナードと、妙に愛敬のあるハップの繰り広げる、じゃれあいのような会話が命の泥臭いミステリ。もうひとひねりの仕掛けがあれば評価は高くなったはずだが、今後を期待させるだけの出来の、シリーズ第二作。


おすすめ度★★★

「闇の楽園」 戸梶圭太

著者: 戸梶 圭太
タイトル: 闇の楽園

奇才・戸梶圭太のデビュー作にして一大長編。地下鉄サリン事件以来、オウム真理教型カルトの登場する小説はたくさん出たが、この作品ほどうまく道具立てしたものはないだろう。きわめて俗物的な幹部を物語の核にすえることで、狂気の集団としてカルトを突き放すことなく、物語に厚みを増す効果を得ている。
過疎に苦しむ田舎町が窮余の一策で講じた町おこし案公募。議会を通ったのは、落ちこぼれサラリーマンの発案した、全館がお化け屋敷という奇妙なテーマパーク案だった。だがその立地場所を巡って生臭い暗闘が開始される。自堕落な地方議員や新興カルトの思惑が絡みあい、やがて町には不穏な空気が流れ始める。武人町長一派は果たして彼らの野望を食い止め、町おこしを成功させることができるのか―。主人公の能天気ぶりが秀逸。スルスルと読み終えた。
これだから戸梶圭太はやめられない。


おすすめ度★★★★

「めす豚ものがたり」 マリー・ダリュセック

著者: マリー ダリュセック, Marie Darrieussecq, 高頭 麻子
タイトル: めす豚ものがたり

1998年刊行時、フランス文学界に一大センセーションを巻き起こした衝撃の問題作。
なんとも名状しがたい胸騒ぎを催す、異形の物語。これは突如として人間が獣化していく小説だ。
自らを教養のない役立たずと認知するある若い女性(名前は明らかにされない)は、ある日自分の体に訪れた変化の兆候に気付く。それははじめ、彼女に倒錯した成功をもたらすが、やがて制御できない程の変身が始まると、一転して彼女はすべての尊厳と権利を失い、裏切られ、なぶり者となり、石もて追われる醜い豚と化してしまう。獣化と人間化を繰り返しながら、彼女は居場所を求めてさまよい歩く。下水道や公園、おぞましい廃墟などに身を隠しながら、次第に彼女はめす豚としての感性に目覚めていく。壮絶なる独歩の末に巡り合った同族との出会いと別れ、作中に充ちる人間の浅ましさと残虐性。自分を取り巻く世界はかくも剥き出しの悪意に彩られていたのか。諦念と共に運命を受け入れた時、彼女の中にある強靱さが宿る。そして彼女は拳銃の引き金を引く…。
鬼気迫る作品。
人間とめす豚、果たしてこの世ならぬ存在であるのはどっちだ?


おすすめ度★★★