「血と暴力の国」コーマック・マッカーシー / シリアル・キラーと文学的ノワール | 辻斬り書評 

「血と暴力の国」コーマック・マッカーシー / シリアル・キラーと文学的ノワール

本書の著者コーマック・マッカーシーは純文畑出身のベテラン作家で、アメリカでは知られた存在らしい。

そんな彼が7年の沈黙を破って発表した本作が衆目を驚かすノワール小説だったそうで、その他もろもろの聞く価値のあることは訳者によるあとがきにほとんどすべて書かれてある。これが作品の本質にかなり踏み込んだ解説で、本書を読んだあと未消化のまま残されるモヤモヤをかなり手当てしてくれる。

あまりいないとは思うが、読後に解説など読まないという人も今作に限っては目を通しておくほうがいだろう。


簡単に、本書の内容に触れておく。

ベトナム帰還兵のモスは、メキシコ国境近くで銃撃戦の跡を発見する。麻薬密売人たちの死体とともに大金の入った鞄を見つけた彼は、結局それを持ち去ることにする。

当然のごとく追っ手がかかりモスは逃亡を余儀なくされるのだが、彼自身それを悔いるようなこともなく、まるでかつての戦場に戻ったかのように淡々と逃亡劇は進んでいく。

それよりもモスを追う追っ手のひとりであるシュガーという男のキャラクターが際立っていて、本書の真の主役はこの男であろう。彼は死を司る精霊のような存在で、あらゆる倫理や感情から離れたところに立っている。

死そのもののに悪意がないように、彼は人智を越えた摂理を運ぶ歯車然と振る舞い、追跡行ですれ違った人々に分け隔てなく死を、ときには生を与えていく。まるでおのれの存在理由が、出会う人すべてに運命の不条理と宇宙の冷徹さを悟らせるためであるかのように。

著者は本書において一部を除き内面描写を徹底的に避けており、それがかえって各登場人物の心理状態を浮き彫りにさせる効果を得ているのだが、ことシュガーに関しては輪を掛けてそれをうかがわせないように描かれており、独特の存在感を作中に響かせることに成功している。


個人的には、会話に鉤括弧を一切使用しない文体や、たびたび差し挟まれる文学風味なモノローグに苦労させられたが、シュガーのようなキャラクターを賞味できたので、まあよしとしよう。

とはいえ彼のようなキャラクターはノワール小説ではさして珍しいものではなく、ジム・トンプスンやジェイムズ・エルロイの諸作に幾人も見出せる。

わけてもエルロイの「キラー・オン・ザ・ロード」に登場するマーティン・プランケットは、作品構成の妙とあいまって抜きん出た存在感を示しており、本書のシュガーに震撼した読者ならば一読する価値はあると思う。小説自体の完成度としても「キラー・オン・ザ・ロード」のほうが上であるように思う。

ちなみにシュガーの描かれ方で特筆すべき点は、人々に死を与える際に吐く運命論およびその末路だが、これに諧謔を加えるとブコウスキーになる。

以上の名前に感じるところがある人ならば、本書を手に取って損はないかもしれない。



オススメ度★★★




コーマック・マッカーシー, 黒原 敏行
血と暴力の国 (扶桑社ミステリー マ 27-1)
ジェイムズ エルロイ, James Ellroy, 小林 宏明
キラー・オン・ザ・ロード (扶桑社ミステリー)