「女王陛下のユリシーズ号」アリステア・マクリーン / 極限の海
いわゆる名作。
「スターリンの金塊 」でも少し触れたことがあるが、本書は第二次大戦中の援ソルートで熾烈なデッドヒートを繰り広げたイギリス輸送船団とドイツ潜水艦Uボートの物語だ。
北極海のエース戦艦ユリシーズ号の、最期の航海を描く。
なお、本書の内容はフィクションである。
北極海航路の任務は過酷だ。
凍てつく風、無慈悲な気温、逆巻く波濤。そして深海から忍び寄る敵潜水艦の影。
船速の鈍い輸送船団を抱えているうえに、度重なる護送任務で戦艦ユリシーズ号率いる護衛艦隊も疲弊の極みにある。
加えて離岸直前の反乱騒ぎや海軍本部の不条理な作戦指令のおかげで、艦には不穏な空気すら流れている始末。病に冒されたヴァレリー艦長のカリスマ性と、ほかならぬユリシーズ号自身が打ち立ててきた生還実績のみが、かろうじてこの戦艦を支えているといった具合だ。
類を見ない荒天がもたらした不慮の事故により空母を軒並み失い、生命線ともいうべき航空能力を完全に欠くなか、Uボートが牙を研いで待ち構える海域に侵入していく護衛艦隊。
一撃離脱戦法をとる潜水艦相手では早期にこれを捕捉して叩くのが鉄則なのだが、対潜防御の要たる爆撃機を失っているユリシーズ艦隊の状況は、たとえていえば飢えた群狼から羊を守ろうとする牧童が、鉄砲を奪われて棒っきれしか持っていないようなものだ。こちらから攻撃しようにも固体能力に差がありすぎるし、だからといって大事な羊を置き去りにして逃げるなんてことができるわけもない。なまじっか性能のいい双眼鏡を携行しているだけに始末が悪い。
物心両面での消耗、さらには味方来援の可能性もなく、ほとんど死ねと言われているに等しいだけに、その窮状は言語に絶っしている。極限状態ここに極まれり、といって過言ではないだろう。
そしてユリシーズを待ち受ける、十重二十重の包囲網。
凍てつく北極海を舞台に展開される、文字通り血も凍る輸送作戦の結末やいかに。
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シンプルに言ってしまうと、負け戦を承知で困難な任務に立ち向かう軍人の矜持を描いたもの。ほんでもって、常軌を逸した環境ならではの劇的な事態が発生したりする。死と隣り合わせのユーモアであったり、自己犠牲であったり。
これら人間ドラマ(≒漢のドラマ)と、リアリティのある戦闘シーンの描写(ま、凄惨な死に様ってことね)を以って本作を評価する向きが多いんだろうけど、僕は没入するまでには至りませんでした。
たしかに迫力はあるし、一気に読ませるだけの筆運びなんだけど、こちとら帆船海洋冒険小説読みだからねえ。
肉体感覚を刺激することにかけては、帆船モノは他の追随を許さないところがあるんですよ。
ローテク環境下での戦闘なんか、ちょっとすごいぜー。血飛沫とびまくり、肉片散乱しまくり。弾喰らっても死にきれないで、軍医の手に握られたノコギリで足をゴリゴリ切断されたりするんだから。当然、麻酔なし。
だいたい普通に航海しているだけでバンバン人が死んでいくんだもん。マストの天辺での作業中に足を滑らせて墜落死とか、それほど珍しくないし。飢え死に、発狂、なんでもござれの世界。
そういう眼からすると「女王陛下のユリシーズ号」は英雄主義一本槍というか、滅びの美学の横溢というか、つまり基本的に美談進行なので、いまひとつフィットしないんだよなー。
野趣のなさすぎる冒険小説ってのも考え物ですね。
ともあれ戦争小説のなかではよく知られた作品なので、興味のある方はどうぞ。
ただし冒険の要素が多分に含まれる「鷲は舞い降りた 」なんかとは違って、ひたすらシビアな内容なので、同じ戦争ものだからといって安易に手を出すと、打ちのめされますよ。
オススメ度★★★★
みんな、もっと帆船海洋冒険小説を読もうぜ!
- アリステア・マクリーン, 村上 博基
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- 風雲の出帆―海の覇者トマス・キッド〈1〉 (ハヤカワ文庫NV)
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- パトリック オブライアン, Patrick O’Brian, 高橋 泰邦, 高津 幸枝
- 南太平洋、波瀾の追撃戦〈下〉―英国海軍の雄ジャック・オーブリー (ハヤカワ文庫NV)