明けまして。 | 辻斬り書評 

明けまして。

どうも、お久しぶりです。

ブログに飽きたのと、たいしたアウトプットもなくなったのとで長らくまともに更新していませんでしたが、みなさんいかがお過ごしでしょうか。

こんな廃墟ブログにもかかわらず年末年始のコメントをくれたmidareutiさんとjett氏、どうもありがとう。じぇんじぇん気づいていませんでした(笑)。

いまさらレスを付けるのも気恥ずかしいんで、これをもって返事に代えさせていただきまーす。

てなわけで、心を入れ替えたふりをしてちょくちょく書いていこうかな、と思わないでもない2008年でございます。



さて。最近なにを読んでいたかというとですね、しばらくぶりにペレケーノスをまとめて4冊ご馳走になったところなんざんすねえ。

まずは傑作とされている「俺たちの日」。そこから「愚か者の誇り」「明日への契り」と続いて、最後に「生への帰還」で締め。

「愚か者~」から「生への~」の3作は主にディミトリ・カラスという男を中心にワシントンを舞台とした犯罪群像劇が描かれていて、1作目では若く野放図だったディミトリが様々な転機や挫折を経て、最後の3作目では40代も半ばを過ぎ、ある出来事をきっかけに人生を失いかけるまでになるなど、それぞれ独立した物語でありながら大河ドラマ的な読み方もできる長編連作になっております。

劈頭の「俺たち~」だけはディミトリの父ピート・カラスが主人公となっており、解説によればこれがペレケーノスの出世作となったようですね。

これら4作品に共通するのは犯罪、ワシントンのギリシャ人コミュニティー(プラスその周辺)、生死をかけた男の友情、そして痛みです。


ほとんどの人物が人生の苦さを経験していて(それは敵役にも当てはまる)、だからこそ採りうる行動であったり決断であったりが、それはもう過不足なく描かれていると言っていい。

そこには当人だけにとどまらない世代を超えた因縁や繋がりがあり、上記の「カラスシリーズ」とほぼ軌を同じくする「ステファノスシリーズ」にそれぞれの登場人物が端役として顔を出したり、ときには重要な役割を果たすこともあります。

つまりこの4作とステファノスシリーズの2作とで、定点観測的にペレケーノスのワシントンとそこに住む人々の人生模様を眺めることができる、というわけですな。このあたりの重層性が、単なる虚構を超えたリアリティを小説に与えております。

なにより人としての痛みを知っている(もっというと、人生に痛めつけられている)連中がたくさん登場するので、もう若くはない読者であればあるほど身につまされるものがあったり、共感を覚えて胸を詰まらせたりするんですね。かといって小説世界は陰惨でも卑屈でもなく、登場人物それぞれが前を向いて歩いていて、現実と同じように猥雑で活気あふれる街の様が描かれている。

この、ある種犯罪小説らしからぬ溶解感に捕らえられてしまうと、もうペレケーノスの虜となってしまうほかない。シリーズをひととおり読むと、ひとつの人生を駆け足で体験したかのような不思議な感覚に浸れてしまうこと請け合い。

まだ未来しか目に映らない10代の若者には敢えて薦めないけれど、酸いも甘いもある程度噛み分けてきた大人の読書には、本シリーズはまさにうってつけ。

人生のほろ苦さと、それでも否定しきれない素晴らしさをコンパクトに同期させてくれるペレケーノスは、新年一発目のオススメです。



ちなみに、さんざん褒めてきたけれど、重層的な物語世界の構築という点ではペレケーノスといえどもトニーノ・ブナキスタの足元にも及びません。ブナキスタ(前作「夜を喰らう」 ではベナキスタと表示)の「隣りのマフィア」を読めば違いは瞭然。あれはすさまじい傑作です。


てな感じで、今年もよろしくお願いしまーす。



ジョージ・P. ペレケーノス, George P. Pelecanos, 佐藤 耕士
俺たちの日 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ジョージ・P. ペレケーノス, George P. Pelecanos, 松浦 雅之
愚か者の誇り (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ジョージ・P. ペレケーノス, George P. Pelecanos, 佐藤 耕士
明日への契り (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ジョージ・P. ペレケーノス, George P. Pelecanos, 佐藤 耕士
生への帰還 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
トニーノ・ブナキスタ, 松永 りえ
隣りのマフィア (文春文庫 (フ28-1))
トニーノ ベナキスタ, Tonino Benacquista, 藤田 真利子
夜を喰らう