「密偵ファルコ 青銅の翳り」リンゼイ・ディヴィス / ぶらり南伊の旅 | 辻斬り書評 

「密偵ファルコ 青銅の翳り」リンゼイ・ディヴィス / ぶらり南伊の旅


いきなりだが、このシリーズのいい点は物語が一直線に進まないところにもあると思う。


たとえばあなたが阪神ファンだったとして、恋人と野球観戦に行っていたとする。
一応その最たる目的はチームの応援だとして、たとえば彼氏が隣の年季の入ったおっさんと意気投合して「檜山にはさんざん苦労させられたけど、今となってはやっぱり貴重な存在ですよねー」とか「あの弱い時代を投げとおした藪って、井川に較べると損してるわなー」と言い合ってるうちに、前の席にいた家族連れの小学生が「檜山コラー、三振するんやったら出てくんなー!」と一丁前に罵声を浴びせかけたりする。
すると父親も一緒になって「せやせや、気ィ抜いとったら戦力外通告されんぞお」と同調し、そこで母親にキッとにらみつけられてゴニョゴニョと口ごもるが、ニヤニヤとほくそ笑む我が子の頭を腹いせとばかりにポカンと殴りつける。
火のついたように泣き始める子供を避けながらやってくるビール売りを呼び止めたはいいものの、小銭を取り落として足元を探し回るうちに向こうに逃げられてしまい、ちぇっと舌を打つ彼氏を横目に矢野に黄色い声援を送る彼女、そんな彼女が球場のオーロラビジョンに抜かれて周囲が少しどよめき、後ろのほうからダメ虎時代を知らない男子高校生の集団が「うわー、もろにタイプやあ」などと言い合っている声が聞こえてくる。
そうこうしているうちに気の早い連中がロケット風船を膨らませ始め、おっちょこちょいなやつがタイミングを大きく外してピューと風船を飛ばしてしまうのもご愛嬌。
はい、と手渡された二人分の風船を必死で膨らませる彼氏の姿になぜかときめく彼女と、片やパンパンに膨らまして彼女の顔の前で割ってやろうか、と密かにいたずら心を起こす彼氏。
そんななか、ケロリと泣き止んだ小学生がさっき拾った五百円玉をポケットで弄びながら、明日これで何を買おうかと考えている……。

と、まあ、こんな感じ。

ゲーム観戦(謎解き)がメインだとしても、そこで起こるいくつかの出来事が楽しくてワイワイガヤガヤしているうちに逆転サヨナラ劇(どんでん返し)で帳尻が合い、終わってしまえばおもしろい試合(物語)だったねーと言い合えるのが、密偵ファルコシリーズの真骨頂なのだ。

話の本筋に直接関係あろうがなかろうが、なかなかに多彩なエピソードを織り交ぜつつ、三振を重ねた4番バッター・ファルコが最後には球種を読んでホームランを放つ。

この巻ではファルコにとって大事な人間が次々と危機にさらされるが、それらを乗り越えて訪れる最後のシーンにはちょっぴりホロリとさせられるオマケ付きだ。

基本的に主要人物がいい人間揃いなので読んでいて不愉快さがなく、ファルコとその恋人へレナ・ユスティナのロマンスもいい具合に隔靴掻痒で飽きさせない。


うーん、もしかしたらこのシリーズ、全巻読んでしまうかもしれないぞ。


オススメ度★★★



リンゼイ デイヴィス, Lindsey Davis, 酒井 邦秀
青銅の翳り―密偵ファルコ