「男は旗」稲見一良 / 少年の心が書かせたハードボイルド風小説 | 辻斬り書評 

「男は旗」稲見一良 / 少年の心が書かせたハードボイルド風小説

今日のBGMはhot hip trampoline school「大阪ナウ!!」。

スカパラが絡んでいる同種のバンドだけれど、基本的にスカパラよりもやんちゃで男臭い。

特にこのアルバムは燃えますぜ。


hot hip trampoline school
大阪ナウ!!



さて、久しぶりに初読をば。

辻斬りを標榜する当ブログ、本来ならば作者を選ばず手当たり次第に読まなければ、確率的にどうしても「看板に偽りあり」な事態になるのだが、どうにもハズレを回避する卑しい嗅覚ばかり発達していけない。

不遜ながら、右や左をかまわず斬って捨てる蛮勇なくしては真の読書家とは言えないのであーる。

斬りかかった相手に易々と返り討ちにされるようではいかん。

ましてや獲物を選ぶなぞ。


てなわけで。

一部熱狂的なファンを持つらしいこの稲見一良という作家は、わずか数編の小説を書き上げたあと惜しまれながら病没したそうな。そのせいか、ただでさえ少ない作品に絶版率が高い。

ネットを介せばまだまだ手に入るものも多いみたいなので、気になる方はお早めに。



腰巻にあるあらすじ書きを書き写すのも面倒なので、アマゾンのデータを引用してみよう。


大海原を制覇し、その優雅な姿は“七つの海の白い女王”と嘔われたシリウス号も今は海に浮かぶホテルとして第二の人生を送っていた。ところが折からの経営難で悪辣なギャングに買収されてしまう羽目に。しかし!シリウス号に集う心優しきアウトローどもが唯々諾々と従う筈はない。買収の当日、朝まだきの海を密かに船は出航した。謎の古地図に記された黄金の在り処を求めて…。


はい。簡単に言やあ、フローティングホテルの従業員が売却寸前の船をかっぱらって、一躍大海原に漕ぎ出す物語。

前半は出港までのゴタゴタを、後半からは趣きを変えてあてどない宝探しの航跡を描いております。

このうち読むに耐えるのは前半まで。後半はどうにも雑というか、ほとんど素人のレベルです。奥付をチェックすると、小説誌に掲載された前半と違い、後半部分は書き下ろしで追加されたらしい。どうりで精度が違うわけだ。この間にどれだけの期間が空いたかまでは知らないけれど、筆力が急激に衰えてるよなあ。


前半から散見されるご都合主義な筆運び、これはまあ我慢できなくもないが、なにより不満な点は常にメインキャラの身辺を離れない飼い鳥「チョック」を物語の主格に設定することによって、ハードボイルド小説によくある一人称「おれ」が語るスタイルがぶち当たる限界(「おれ」が経験的に物語るかっこうの小説では、「おれ」が同時に存在していない場所での出来事や他の登場人物の心情を書くことは本来不可能なはずであって、後に聞かされたと断るか、はたまた「おれ」が時空を超えた存在つまり神か霊魂かでもない限り、この種の矛盾を免れることはできない。)をうまく回避したにもかかわらず、それをうまく活用しきれていないことだ。

作者本人もその設定を失念していたような節があり、それでもときどき思い出したように「チョック」目線を強調する場面がでてくる始末で、ひどく安定性を欠く。

こういう不手際を見せられては話に没入できないんだよねー。幻滅。


の、わりに最後まで読み通すことができたのは、ひとえに僕が海洋冒険小説が好きだからだ。そして、稲見一良もまた海洋冒険小説が好きで好きでたまらないことが行間からありありとわかったから。

プロットがマズかろうがユーモアの感覚が僕とずれていようが、この一点を以って許容できたのであーる。

夜毎枕に頭を置きながら、宇宙船を駆ってどことも知れぬ宇宙を冒険する空想に遊んでいた僕の小学校時代の童心と見事に符牒するとあらば、どうして作者の童心だけを責められようか? 童心をそのままに作品化しただけでじゅうぶんではないか。

というわけで、決してよい出来とは言えないながらも僕は本作に満足したのであった。

逆に、海洋冒険小説ファン、あるいは銃器ファン(僕はそうではないのではっきりとは断言できないのだが、銃に関してかなり通好みな記述が見受けられる)以外には、ちょっとおすすめできないと思う。あとは男子中学生くらいかな?



ちなみに僕の童心の方はと言うと、今宵の大冒険のパートナーは誰に……とクラスのかわいい女の子の顔をぐるぐると回しているうちに眠りに落ちることが大半であったため、ついぞ物語に昇華されることはなかったのであります。



稲見 一良
男は旗
オススメ度★★