「流れよわが涙、と警官は言った」フィリップ・K・ディック / ハードボイルドSFの名作?
今日はバド・パウエル なんかを聴きながら。
ライブ版で聴く「Star Eyes」は迫力満点であります。
さて、「流れよわが涙、と警官は言った」。
SF小説の世界では有名な作品なんですが、なんとなく気乗りしなくて読んでいませんでした。
たぶん僕はSFにあまり文学性を求めなていないんだろうなあ。
直感おそるべし。
物語の設定は1988年となっているけれど、まあ近未来社会を描いていると思ってくださいな。
ちなみに小説が発表されたのが1974年です。
本書の内容を簡潔に記すと、有名なテレビ番組司会者ジェイスン・タヴァナーが一夜にしてまったく無名の人物になってしまい、どころか公的にも存在しない人間となって見知らぬ街区をさまよい歩くお話。
どうにか恋人や旧知の人間とコンタクトを取るものの、彼らの記憶からはことごとくタヴァナーが欠落しているという不可思議な状況に打ちのめされる主人公。
どうしてこうなってしまったのか、はたまた元に戻る方法はあるのか。
彼自身の出生の秘密がチカチカと明滅を繰り返しながら、タヴァナーは出口のない世界で必死に光明を探すのだが……。
まずは超管理社会において記録を抹消されたことによるアイデンティティ・クライシスと、それにとどまらない「存在の不安」を基本テーマとした内容で、と同時に、それほど明確化されてはいないものの量子論的SF小説の最先駆になる作品なんじゃないか、と思います。
本作が発表された当時ならちょっとした問題作と騒がれたんだろうけど、いまとなってはこれらのテーマは消費尽くされた観が否めないところ。
こうなってしまっては、SFらしからぬ(?)ハードボイルドタッチを除けば他にこれといって魅力的な要素もなし。
僕のような新しい読者にとって惜しむらくは、上梓から30年のあいだに本書にあるようなガジェットが一般化してしまったことでしょうねえ。それだけ本書に影響力があったことの証左にもなるわけですが。
それにタヴァナーの受難よりも、タイトルにもある「流れよ、わが涙」という台詞を吐く警官の人物造形のほうがずっとおもしろいんです。
彼と彼にまつわる事象は終盤になって出てくるくらいなんで分量的にはメインたりえないんだけど、わざわざタイトルに持ってきているくらいだから、本来作者の主眼もこの警官の人間性を描くことにあったように思うんですが、いかがでしょうか?
当人には迷惑きわまりない話だけど、不運なタヴァナー君は壮大な舞台まわしでしかないってことですな。
うーん、合掌。
- 友枝 康子, フィリップ・K・ディック
- 流れよわが涙、と警官は言った
オススメ度★★★
- Bud Powell, バド・パウエル
- ベスト
- ストックホルムのジャズクラブでのライブ音源から選り分けられたベスト盤。
- 廃盤になってますが、中古なら出回ってるそうです。